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  お知らせ
Date: 2005-02-10 (Thu)
昨年末より母子関係や受容にかんするデータが消えたままです。
いずれまとめなおしてUPする予定ですが
以下、これまでのコラムの中からいくつか抜粋してみました

***************************

「言葉の相談」でお世話になった先生とのやりとりを思い出してのコラムが中心となっています。
親子関係(主に母親)中心に、
子どもとの関係や、心の成長を「待つ」形で長年にわたって支援していただいたので、 
そういった内容のものが多くなっています。

振り返る形で綴っていますので多少気持ちが整理されていますが、
最初はこういった気持ちを自分の中で納めるのに時間がかかりました。
それでも、悩みつつも時間を積み重ねる中で
「これでよかったんだよな〜」と思えることを中心に書いています。




  態度に表す
Date: 2003-02-02 (Sun)
ようくんはとにかく「パニック」のひどい子でした。
密かに、パニックキングと呼んでいたのですが(心の中で)
本当に「これさえなかったら!!」と何度思ったことかわかりません。
とにかく目立つ!!どこでだってするし、彼を抱えてその場を去る私は人の目にどう映っているのだろう?
お気の毒ねとか、なんて思われてるんだろうかなどと思う時期もありました。

多動・パニック・言葉なし。
3拍子そろって、それプラス母子分離全くできずのオマケつきでした。

あんまりひどいので、よくこんなことを言って元気付けていただいていました。

「パニックでもなんでも、とりあえず自分の気持ちを表しているって大事ね。
親や周りの人にとって一番わかりにくくて困るのは、
自分にとって困ったことが起きたとき、何事もなかったかのように顔色も変えず、
す〜っと逃げてしまわれることです。
それを繰り返すことで、お互い分かり合うという機会を失いますからね」

「まずこちらにとって困った表し方であろうとなんであろうと、相手に気持ちが伝わるということを知るんですね、
いずれその表し方が変われればいいわけです。
そう考えると、放っておくこと、無視することは彼らの立場から考えると
あきらめにつながりますね、この人には何も通じないって。
大泣き、大騒ぎを繰り返すうちに、、
この人にはこんな大騒ぎしなくても伝わるんだってちゃんとわかるようになりますよ、たぶん」

「そういう状態があってこそ、次に本当の順応や感情のコントロールを身につけるんじゃないかな?」

先生!!パニックキングを目の前に、
よくぞここまで前向きに考えられるアドバイスをしてくださってありがとうございました(涙)
そこまで言っていただくなら、そう信じていい方向に考えるしかありません。
「たぶん」とか「〜じゃないかなぁ?」の言い回しが多少気にはなりましたが(^^)

ただ当たり前の事ですが、ここで言うパニックに付き合うこと=言いなりになることではありません。
どうしたってどんなに泣かれたって騒がれたって応じられないことだって、いっぱいありますから・・・。

*******以下・2005年2月に追記*********

気持ちをパニックでしか表せない彼。辛かったのは間違いなく私より彼のほうでした。
先生が言ってくださったように、その後表現方法は少しずつ変わって、多少のコントロールもできるようになりました。
彼らが自分なりの表し方を見つけてくれるまで、お互いにわかろうとするしかないんだなぁというのが実感です。




  「たいくつ」ということ
Date: 2003-01-30 (Thu)
本来なら年中さんである年は在宅ですごし、
年長の時は前半は週に2回登園の母子通園、秋からは昼まで参加の保育所生活をおくりました。

年中の年には「保育所申し込んでるけど、空きがなくて」という表向きの理由で
のらりくらりと世間も自分自身の気持ちもかわし、
年長の時はちょうど引越しという環境の変化があったので、ちょうどこれくらいののんびり生活がいいかも。
と堂々とした(?)理由付けもできていました。

でもさすがに、いよいよようくんも私も日々のショッピングモール&ビデオ屋さん通いも飽きてきたし、
家の中でも「退屈気味」にもなりつつあった時、
「やっぱりもっと刺激が必要だろうか?今ならだいぶ落ちついてきたしもっと何かさせても大丈夫かも・・・」
「こうしていつまでも、自分勝手をしていていいんだろうか?」
という気持ちが定期的に私を襲ってきました。

そんな気持ちをまたもフォローしてくださった先生の言葉があります。

「たいくつってすごいことよねぇ。
今の世の中、なかなか退屈になるまで放っておいてもらえないのよ。親も子もね。
退屈を知ってこそ、次の新たな世界に揚々と進めると信じましょう!
だってさ、気持ちが安定していなかったら退屈になんてなってられないじゃない?」

本当にどんな状況もプラスの声がけで励まして下さるんだから(笑)ありがたいです。
そんな言葉が聞きたくて、「退屈なんですが・・・」とちょっと言ってみたのかも知れないなぁ。

そうかぁ、退屈の境地ね。
そういえば、不安定な日々だったら退屈どころじゃあなかったかもしれないし・・・。
それに退屈なくらい刺激の少ない生活だからこそ、無理なく安定しているのかもしれないなぁ・・・。
とこれまた単純に納得してしまった私でした。

でも、やはりそういう励ましがないことには、
頭では今を大切に!彼のペースを大事に!とわかっていても、
刺激にあふれる生活を送る周りの話を聞くと、
なかなかそれを実践するのは私にとってもやっぱり難しいことだったのです。





  今の彼が100点満点
Date: 2002-12-01 (Sun)
***『今のようちゃんが100点満点なんだよ』***
これまた先生からの励ましの言葉です。「そんなの気休めだわ、こんなののどこが満点なんですかぁ、先生・・・」
なんて思ったりしたこともあるけれど、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、励まし続けてくれたのです。

よく「これさえできれば・これさえなかったら」っていうことありますよね。
でも、全てが満足な状態ってなかなか私たちだってなっていないのに、子どもに対してだけは知らず知らずのうちに評価を厳しく下していたりするのですよね。
じゃあ、もしずっとそれができないままだったらば、マイナスなままの子なんだろうか?
もともとできないことが山積みの障害児も頑張れば、そのマイナスから脱出することができるのだろうか?

言われてみれば「ああ、そうだよなぁ」っていうことなのに、ついつい条件付きでこどもを見てしまったりしていて・・・。
親である私が、彼に100点満点をあげずに誰が彼を認めてくれるというのだろう、
他人からの評価は厳しいだろうけれど、それでも私から見て100点だったらいいじゃない!
と思うことが子どもにも条件なしで丸ごと受け止められている安心感を感じてもらえるのかもしれないのね、と自分の中で納得してみたりしました。

成長を望まないとか、これ以上はなにも望むなという意味ではなくて、
「これさえなかったら」「あとこれさえできれば」という条件無し!
丸ごと今のあなたでOK!とせめて親くらいは認めてあげたいよね、という意味だと思うのです。
えっと、ここまで書いて気付いたのですがこれってもしかして「親ばか」の勧め?ということなのかな・・・(笑)



  4才2ヶ月のある日
Date: 2002-11-30 (Sat)
***4才2ヶ月のある日の気持ちがなんだか残されているので以下、少し書き写します***

この冬休み、私は肩の荷がふーっとおりて軽くなったような気がした。
前々から、彼はもう明らかに私たちとは違っているのだから、人と同じようにして欲しいという焦りは少なかったのだが、
この冬休みを過ごしてますます気が抜けてしまった。

4才をすぎてやっと1才くらいの子が喋りだすように指差しをはじめ、言葉の一文字・二文字がなんとなく出てくるようになってきた彼ではあるが
「待っててね」という私の言葉に応じてくれるようになった。
家族そろって初めてお好み焼き屋さんへ行った。
彼は自分が食べ終わっても私たち家族が食べ終わるまでずっと座って待っててくれた。
記念写真も初めて一人で座ってちゃんとピースもしていた。
カプリコのコーンがみごとにぽっきり折れていたけれど、「あーあ」と言っただけでぱくっと食べてくれた。
信号の赤を覚えて止まってくれた。
パパ・かか・あんちゃんと呼んでくれた。初めておじいちゃんにチューをしてあげた。
飛行機でも初めて泣かず騒がず座って、シートベルトもさせてくれた。

これ以上、私はいったい彼に何を求めようというのだろうか。
こんなことだけれど、どれもこれもせめてこれくらいのこと判ってくれればと思っていたことばかり。
いいえ、それ以上だよ。もう充分だよ。お母さんの願いをかなえてくれてありがとう。
みんなのためにいろんな我慢をしてくれてありがとう。
狭くて人のたくさんいたお店、早く出ていきたかったでしょう?
カプリコのコーンが折れていて悲しかったでしょう?
飛行機だって、狭くてたいくつでウロウロしたかったでしょう?
みんなの為に我慢してくれたんだよね。
これですべての問題が解決したわけではないけれど、親子としてやっとスタートラインにまで辿りつけた気がする。

改めて書いてみると本当に「こんなこと」ばかりだけれど、そのこんなことが私たち親子にとってどれだけ大きな壁であったか・・・。

***以上(本当はもう少しあるのですが)日ごろ成長記録など書かない私がこれだけは書きとめておこう!
と思えるくらいの気持ちだったのね、誰よりも今の私にこそよ〜くよ〜く言って聞かせたいことだわ***


  ひとつ前に戻る
Date: 2002-11-29 (Fri)
すごろくみたいだけれど「振り出しに戻る」とか「一回休み」とか「一つ戻る」とか・・・。
子どもが成長していくと親は次は次はとあれこれ希望を持つし、欲もでてくるものですよね。
でも、毎日毎日右肩あがりにばかり成長するわけでは無くて、
親としては「え〜〜、どうして?なんで?」と思えるようなことってあったりするわけです。
(当たり前といえば当たり前だけど・・・)
なんか上手くいかない、子どもと上手くかかわれない、なんだか変なことするなあ、親子とも不安定な気持ちだなぁ・・・。
「ひとつ前に戻る」
知らず知らずのうちに、昨日より今日のほうが何か多くを子どもに期待してしまっている自分に気付くのです。

でも「親が希望と期待を持たなかったら、子どもは伸びないよ!」などという話を聞くと、
今ここででひとつ前の段階に戻るというのはとても勇気のいることですよね。
次を次を求めるのが当たり前のように言われているのに。

例えば今だったら、入学当時は「学校へ行くのだろうか」とか「行きたくなければ行かなくてもいいや」くらいの気持ちだったのに、いざ毎日通いはじめると、
次は学校でちゃんとやって欲しいだとか、先生のお話は聞けてるだろうか、交流学級へも行ってほしいだとか
もう私の頭は、次から次へといろんな期待が膨らんでしまって(笑)
『本人が楽しめているかどうか』なんていう一番大切なことさえ見失いそうになる時があったりしました。
そうすると、ちゃーんと彼はなんらかのサインを出すんですね。「先生に甘えて一日中何もせず抱っこして過ごしました」とか「交流へはいきません」と自分から言ったとか。
そうなのよね、彼はちゃんとこの私の愚かなたくらみを鋭く察知しているのかもしれないなぁなんて思い直させてくれるし、
そこでまた一つ前の気持ちに私を戻してくれるのです。

じゃあ、私は兄のそういうサインに気付いていただろうか?
今となってはそれを悔いてもしかたがないけれど、たまにやりきれない気持ちになることもあった私でした。


  今できることをけちけちしない
Date: 2002-11-28 (Thu)
「ことばの相談」というところへ1歳9ヶ月から通っていたけれど
ある日増井先生の講演会というか勉強会があって参加しました。

いろんな大切なことを聞いたけれど、いまだに忘れられない衝撃的な言葉があるし、
それをいつまでも忘れずにやっていきたいと思っているの。

『将来の為を考えすぎて、今できること・やってあげられることをけちけちしないこと』

もう、目から鱗とはこのことでした。
今できることって、当時だとまず子どもをわかろうとすること、かわいい頼られたいという気持ちを大切にすること、
彼の嫌がることはしないこと。
そんなことしてるだけでいいの?言葉を教えなくていいの??身辺自立だって教え込まなくてもいいの?
障害児と言われる子を抱えて親が最初に思うのはまず将来のこと。
その将来を心配せず、今を何よりも大切にだなんて!!この先生本気で言ってるのかしら〜〜???

でも確かに子どもにとっては、毎日毎日がすべて。将来の為に今日を生きているのではないのね。
でも本当にそれでいいの?将来苦しむのは彼じゃないの?
なんて想いゆれながらきたけど、今日が明日につながり、明日がまたその次に続く。
ずっと今日のままではないのよね。
そうやって将来までずっと続いていくんだなぁって今やっとこれでよかったって思えるのです。


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