春風亭伝枝 Official Website



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My Diary

1ページ目に最新〜過去7日分、2ページ目に過去8日〜60日分の日記が記載されます。



  このページについて
Date: 2011-06-09 (Thu)
今後更新予定はありませんが、鯉之助時代の記録として残しておきます。
実際の"日記"的なるものはブログおよびつぶやきをご覧ください。

※アロハマンダラーズについては変更の場合そのつど更新します。ウィキペディアより正確です!


  演劇やります
Date: 2006-01-05 (Thu)
この度、縁あって演劇に出演することになりました。
作・演出は映画監督の中村和愛、初の舞台演出です。
「密室」と題しまして4つの空間を舞台に7人の男女の人間関係を描きます。
知っている男、知らない女。関係のある男、関係のない女…。笑いを交えどのように展開するかをお楽しみに!

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LINEARCARD PRESENTS
-Welcome to the Nakamura Waai World-

密室

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vol.1 そして誰もいなくなっちゃったら・・
vol.2 エレベーター
vol.3 観覧車
vol.4 始発電車から3本くらい後・・・

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三軒茶屋 スタジオ・スパーク1

2006年2月
 10日(金) 19:00
 11日(土) 15:00 19:00
 12日(日) 14:00 18:00
       ※開場は開演の30分前です

前売2500円 当日3000円
 ※尚、これを見て予約なしで当日いらっしゃる方は、必ず受付で「鯉之助のチケット」でご入場ください。(いいですか、必ずですよ必ず!)

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<CAST>
樹カズ(ぁんにゅぃぱんだ)
野村貴浩(め組)
瀧川鯉之助
斎木享子
菊田貴子
真田美伽
会澤ともみ(手力プロダクション)

<STAFF>
作・演出/中村和愛
照明/藤吉浩二 樹カズ
音響/KOH
音楽/斎田幸助
制作/船原かおる 劇団ぁんにゅぃぱんだ
協力/め組 手力プロダクション スパーク1



  12.18「CMA Five to Six」対戦カード
Date: 2005-12-15 (Thu)
第1試合<エキシビジョンマッチ5分>
 トウカイブシドー VS ]

第2試合<女子シングルマッチ 20分1本勝負>
 アジアン・キャット VS 救世忍者乱丸

第3試合<シングルマッチ 30分1本勝負>
 梅沢菊次郎 VS 近藤博之(イーグルプロレスプロモーション)

セミファイナル<シングルマッチ 45分1本勝負>
 新マスクマン登場!
 ハイパー・キャット VS SHURA
※ハイパー・キャットは新日本キャットファイト連盟とのコラボレーションから生まれた新マスクマン

メインイベント<タッグマッチ 60分1本勝負>
 MIDタイガース<Pン・片谷&アジアン・クーガ―
           VS
  ワールドテロレスリングlpt&菅原伊織(喧嘩プロレス二瓶組)


  アロ・マンのCD「ホレホレ節」発売中で〜す!
Date: 2004-08-23 (Mon)
正確なタイトルは「ハワイ移民哀歌・ホレホレ節伝/神田紫 アロハマンダラーズ」です。
曲目は
1.講談「ハワイ移民哀歌・ホレホレ節伝」  神田紫
2.お座敷ホレホレ節 TEA HOUSE STYLE  神田紫
3.お座敷ホレホレ節 ハワイアンバージョン アロハマンダラーズ
4.お座敷ホレホレ節 ハワイアンバージョン カラオケ

ってな具合です。ホレホレ節の物語を講談で聞いてもらい、そのあと曲を楽しんでいただこうという趣向です。つまりカップリングですね(笑)。歌も民謡調とハワイアンと2種類です。トータルタイムは38分59秒!こんなに豪華で価格はなんと税込みでたったの1000円!安い!すぐ買おう!!
…ところが今のところ店頭販売してるのは山野楽器だけなんですね。天下の山野楽器。銀座本店。それでは近くに山野楽器がない人はどうすればよいのか?…すいません注文して下さい。販売元は天下の(こればっか)徳間ジャパンですから!たのみますよ!ちなみに製品番号はSBIX-2028ですよ!


  アロハマンダラーズとは?
Date: 2004-05-26 (Wed)
芸人で作ったハワイアンバンド。メンバーは以下のとおり。
 三笑亭可楽(Fl.Vo.落語家)
 春風亭小柳枝(Uk.Vo.落語家)
 新山真理(Vo.Uk.漫談家)
 神田紫(Vo.Uk.講談師)
 春風亭柳橋(G.落語家)
 春風亭伝枝(S.G.落語家)
 桂夏丸(Vo.Per.落語家)
 笑福亭希光(B.落語家)

 平成10年結成、始め仲間うちの集まりの余興などで演奏していたが平成12年の8月中席新宿末広亭にて故・春風亭柳昇をゲストに迎え大喜利として10日間の興行を打つ。以来新宿末広亭では毎年八月中席(11〜20日)に興行を打ち、国立演芸場にも出演、好評を得る。
 柳昇亡きあとは三笑亭可楽・春風亭小柳枝を中心に新境地を開拓。常におじいさんのいる癒し系な芸人ハワイアンバンド。
2004.7に「ホレホレ節」を徳間ジャパンよりリリース。
2014.1三遊亭右紋が他界、翌年より春風亭伝枝がスチールギターに転向、笑福亭希光がベースとして新加入。
2016桂夏丸が歌手として加入。

いまだに末広亭の夏の風物詩として活躍中!


※トレビア
・結成後、春風亭柏枝が八代目柳橋を襲名。春風亭鯉三が瀧川鯉之助として二ツ目昇進、さらに春風亭伝枝として真打昇進。
・初期メンバーの中では新山真理のみ結成1年後に加入。
・プロデュ−サーは三遊亭右紋。初期はサポートメンバーだったが後に正式加入。担当楽器はエレキギター、後にスチールギターに転身。
・末広亭の高座に最高13人で上がったことがある。
・過去の在籍メンバー…江戸家まねき猫(Vo.Uk.ものまね師)、桂歌蔵(G.落語家)、松旭斎小天華(Uk.奇術師)、松旭斎八重子(Uk.奇術師)、三笑亭夢太朗(S.G.落語家)。
・ゲスト出演…南かおる(ハワイアン歌手)、鴻池薫(スラック・キー・ギター奏者)、仲八郎(東京ボーイズ)、三遊亭円雀(Cl.落語家)、春風亭柳好(Vo.落語家)、三遊亭遊喜(G.落語家)、新妻卓三(G.)、今川喜義(S.G.)、小林克己(S.G.)、高木ブー(Uk.&Vo.)、ほか。


 2016.加筆訂正


  瀧川鯉之助独演会IN日本語学校顛末記  〜古屋憲章〜
Date: 2003-12-02 (Tue)
このレポートは、エンターテインメント系全般を取り上げるフリーペーパー『せるふぇーご』(こうだ英人責任編集)第24号からの転載です。


1.はじめに

落語好きなら誰でも、自分のうちなり職場なりに噺家さんを呼ぶというのはある種、夢ではないだろうか。今回僕は様々な経緯を経て、瀧川鯉之助さんという噺家さんを自分の職場に呼び、一席演じてもらうという幸運に恵まれた。その顛末をこれから話したいと思う。


2.自己紹介

 僕は現在日本語学校で働いている。日本語学校といっても一般の人には何の学校だかよくわからないと思う。日本語学校というのは、外国から来た学生が主に日本の大学や専門学校に進学するために、日本語を勉強する学校のことだ。学生の大部分は中国、韓国から来ている。僕は95年から97年まで中国の上海に留学していた。その時そこで日本語教師の人と出会ったことをきっかけに外国人に日本語を教えることに興味を持った。帰国後、日本語教授法を勉強し、日本語学校で日本語を教え始めて、今年で五年目になる。
 そんな僕は同時に大学生のころからの落語ファンでもある。初めて落語というものを意識したのは、確か大学三年のときだったと思うが、深夜テレビで「らくごのピン」という番組を見たときだった。特に初めてその番組を見たときに見た談志師匠の「粗忽長屋」(その時は何という噺か知らなかったが)はこんなおもしろいものが世の中にあったのかと思うほど衝撃的だった。「らくごのピン」を見て落語に関心を持つようになり、その後テープで圓生、志ん生などを聞くようになり、時々寄席や落語会にも行くようになった。正直言ってそれほどマニアックなファンというわけでもなく、頻繁に落語会に行ったりするわけではない。しかし寝るときは必ず志ん生のCDを聞きながら寝る。もっとも寝つきがいいので、いつも一席聞き終わる前に寝てしまうのだが。


3.動機

 さてそんな日本語学校で働いている落語好きな僕は、以前から、機会があったら、是非本物の噺家さんを学校に呼びたいと思っていた。その理由はまず単純に自分が好きなものをもっと多くの人に見てもらいたいということ、それからもう一つは日本にはこんなおもしろく、すばらしいものがあるんだぞ、ということを外国から来た学生に見せたいということだった。学生たちは毎日学校とアルバイトに追われる生活をしていて、日本で生活しているにもかかわらず、意外に日本の文化(現代演劇やお笑い、漫画、ゲーム等まで含めた広い意味での)に触れる機会が少ない。僕は落語が一人でドラマを演ずる世界的に見ても珍しい芸能だと思っているので、是非ともこの世界に誇れる日本の芸能を学生たちに見せたいと思っていた。


4.発端

 日本語学校は3ヶ月1タームの年四学期制を取っている学校が多い。毎年1〜3月期に卒業クラスを担当する場合、学生たちの進路もだいたい決まっているため、比較的自由に授業計画を立てることができる。去年の12月、僕は翌年1〜3月期に卒業クラスを担当することになった。そこでいい機会だと思い、長年温めていた計画、すなわち本物の噺家さんを学校に呼ぶ計画を実行することにしたのだった。
 あくまでも授業の一環として行なうため、まず月に一度の「インタビュー授業」という企画を考えた。日頃アルバイト先以外で一般の日本人と接する機会の少ない学生のために、月に一度外部から専門的職業に就いている人をゲストに招き、自分の職業について話や実演をしてもらった上で、学生がその人に職業に関するインタビューをするという企画である。全3回でゲストとして第一回に看護師の人、第二回に楽器演奏者の人、第三回に落語家の人を呼ぶということにした。この企画を学校に提出したところ、難なく許可を得られた。
 しかし噺家さんを呼ぶといっても僕はただの落語ファンなので、どうしたら呼べるのかがわからなかった。そこで「こういうことならこうださん(「せるふぇーご」の発行人)だ」と思い、こうださんに相談した。相談したところ「知り合いの二つ目さんに瀧川鯉之助という人がいる。古典をきっちりやる噺家さんだから、いいんじゃないか。この人にだったら話をつけてもいい」ということだった。正直言って、僕はその時点で瀧川鯉之助という人を見たこともなければ、名前も知らなかったが、こうださんが紹介してくれる人なら大丈夫だろうと思い、お願いすることにした。そしてこうださんを通して鯉之助さんと話がまとまり、2月15日に打ち合わせのため、こうださんを交えて会うことになった。


5.打ち合わせ

 2月15日午後4時半、新宿アルタ前で待ち合わせ、初めて鯉之助さんと対面した。まじめで堅実そうな(まあ堅実な人が噺家になるわけもないが)人だなあという印象を受けた。
 まずはどうしてそうなっていたのか知らないが、こうださんの導きにしたがって、韓国映画『猟奇的な彼女』を見に行った。
本筋とは関係ないが、この映画は「気の強い女が気の弱いやさしい男を散々振り回す。女は最初は男のことを何とも思ってなかったが、男の優しさに触れているうちに少しずつ昔の心の傷(恋人が亡くなった)が癒されていき、男にひかれていく」という昔ジャンプでやっていた『きまぐれオレンジロード』のような内容だった。韓国といえば男っぽい男というイメージがあった僕にとっては「こんな映画が韓国でも受け入れられるようになったのか」とちょっと驚きだった。
さて韓国映画を見たせいか、その後、鯉之助さんの案内で新宿韓国街の店にごはんを食べに行った。そこで打ち合わせも含めていろいろな話をした。鯉之助さんは以前からアジア、特に中国、韓国に関心があり、今回の話には自らも興味を持ったということだった。そこで演目は「時そば」にするということ、外国人にとってわかりにくいと思われる言葉をわかりやすい言葉に変えたり、カットしたりすること、事前に学生たちに噺の内容と落語という職業についてある程度説明しておくことなどを打ち合わせた。打ち合わせをしているときに、鯉之助さんが「昔住んでいたアパートの住人が自分以外全部中国人で、その時よく中国人にあなたの日本語はわかりやすいと言われていたんですよ」と言っていたのが印象的だった。そしてこの話を聞いて「今回の企画、上手くいきそうだ」と思った。


6.日本橋若手落語大賞

 打ち合わせの翌々日の月曜日(2/17)、お江戸日本橋亭に鯉之助さんが出る『日本橋若手落語大賞』を見に行った。今まで一度も鯉之助さんの高座を見たことがなかったので、来ていただく前に一度この目で見ておきたいと思ったからだ。この日の午後、企画書をFAXした際に、鯉之助さんからお電話をいただき、その時に「きょう『時そば』やりますから」ときいていた。この会は三遊亭きん歌、瀧川鯉之助、三遊亭神楽、快楽亭ブラ房の4人がそれぞれ高座を務めた後、観客が誰の噺が最もよかったかを投票し、得票が一番多かった人が優勝、一番少なかった人が次回からこの会に参加できなくなる、という趣向の会だった。
鯉之助さんは二番目に上がり、約束どおり「時そば」を演じてくれた。少し世間話をしてから、「時そば」のマクラ、続いて噺に入る。「時そば」はそばを食べて勘定をごまかす人とそれをまねて勘定をごまかそうとして失敗してしまう人の対比がおもしろい噺である。勘定をごまかす人の調子のよさ、そつのなさと失敗してしまう人の上手く真似しているつもりでどこかぎこちなく、上手くいかない感じの対比がわかりやすかった。またそばを食べる所作もわかりやすかった。外国人に見せるということから、視覚的なわかりやすさが一番大切だと考えていたので、これを見て「これなら大丈夫、学生たちも理解できそうだ」と思った。
さて4人の噺家さんが演じ終わった後、観客による投票、引き続き開票が行なわれた。開票は激しいデッドヒートの末、一位が同点できん歌さんとブラ房さん、最下位も同点で鯉之助さんと神楽さんという異例の結果に終わり、結局次回のこの会も同じメンバーで行なわれることになった。次回はいつ開催されるのかわからないが、とにかく楽しみな会である。ちなみに僕はもちろん鯉之助さんに投票した。ああ、投票しておいてよかった。


7.事前準備

 3月に入り、具体的に準備を始めた。まずは座布団と毛氈を手配した。次に鯉之助さんから送ってもらった「時そば」の聞き書きを元に、「時そば」のあらすじを学生がわかるようにわかりやすい言葉でまとめたものを作成した。そしてこれを鯉之助さんに送り、どのようにあらすじを事前に説明しておくか、そして古い言葉や(外国人にとっては)わかりにくいと思われるダジャレや言い回しをどのように変えるかについて打ち合わせた。僕は噺家さんというのは、自分が演じている噺の構成や言葉の一つ一つにこだわっているのではないか、と想像していたので、このような言葉を変えたり、一部をカットしたりという相談に柔軟に対応してくださることが大変ありがたかった。
この打ち合わせの結果、枕の二八そばの説明を簡略化すること、江戸弁の発音を共通語の発音に変える(例 ねえ→ない)こと、オチの「ひい、ふう、みい…」という数の数え方を「いち、にい、さん…」に変えることなどを決めた。僕が特に印象に残っている変更点は、「これから脇行ってね、さいころでもってから、ポン、勝負!」というところを「これから友達のうちへ麻雀しに行く」と変えたところ、それから二人目の失敗する男がそば屋の屋号をほめようとして、「孫屋じゃ、まごまごしちゃうよ」というところを「虎屋じゃ、とられちゃうよ」と変えたところである。特に虎屋のところは、後に実演したとき、全体的に言葉遊びのギャグはあまりうけなかったにもかかわらず、そこだけはよくうけていた。後で聞いた話では、志ん朝師匠が「虎屋」のバージョンで演じていらっしゃったそうだ。
打ち合わせの後、少し修正したあらすじを用いて、学生たちに「時そば」のだいたいのストーリーとわかりにくい言葉の説明をしておいた。このような準備を経て、いよいよ3月18日の本番当日を迎えた。


8.独演会

 3月18日の10時半に西日暮里駅に鯉之助さんを迎えに行った。鯉之助さんは自転車で来ていた。学校に案内し、簡単な打ち合わせの後、準備に入ってもらう。羽織、袴に着替えた鯉之助さんはさすがにキマッテいた。教室のセッティングも終わり、寄席ばやしのテープ(鯉之助さんが持って来てくれた)をかけて、鯉之助さんの登場を待つ。
間もなく鯉之助さんが入場した。なぜか僕も少し緊張した。まずは開口一番、中国語と韓国語であいさつと自己紹介。これで学生たちの気持ちをぐっと引きつけたようだ。続いて落語の紹介、簡単の所作を見せた後、小噺に入った。最初の「パンダ何食った?」「パンだ」という小噺は誰も理解できず、説明してようやくわかった。しかし実はこれは前振りだったそうで、次の「向こうから来る人、見たことあるんだけどだれだっけ、すみません、あなたはどなたですか」「ばか!お前の親父だ」という小噺から徐々にうけはじめ、次の「子供が3歳の誕生日に『お父さん』と言ったら、隣のおじさんが死にました」(知ってますね、みなさん)は大うけだった。この後なんと鯉之助さんがハングルで小噺(「来年は夏休みと冬休みとどっちが先に来るの?」「来年のことが今からわかるか」)披露し(その後日本語でもやりましたが)、これでまた学生たちのハートをぐっとつかんだようだった。そしていい雰囲気の中、「時そば」に入った。「時そば」は聞き書きどおりのオーソドックスな「時そば」だったが、言葉や言い回しが違和感なくわかりやすいものに置き換えられていて非常にわかりやすかった。大半の学生がほぼ理解できていたようで、うけるべきところでは確実に笑いが起こっていた。二人目の失敗する男がそば屋を呼ぶとき、最初は日本語で「そばやー、おーいそばやー」と呼ぶのだが、全く気がつかないので中国語で呼びかけ、それでも気がつかないので今度はハングルで呼びかけるとようやく来るというところが少し特別バージョンだった。そこもよく受けていた。二人目の男のくだりに入るあたりから、よく笑いが起こり始め、オチもバッチリ理解できたようだったので、たぶんそこにいた学生の大半が、気持ちよい時間を過ごせたのではないかと思う。その後にあった質問コーナーの中である学生が「まるで自分が噺の中の登場人物になったかのように話に入ることができた」と言っていたのがたぶんそこにいた学生たちの意見を代表していると思う。
さて噺の後は質問コーナーとなり(実は授業としてはこちらがメインなのだが)学生たちから自由に落語家という職業に関する質問をしてもらった。「テレビにでたことがありますか」「何年ぐらいこの仕事をしていますか」「普段どうやって練習してるんですか」「最近景気はどうですか」「落語家になったきっかけは何ですか」「落語家にランクはありますか」「どうして外国語が話せるんですか」「会社に所属してるんですか、個人でやってるんですか」「落語は本を見て練習しますか、それとも自分で作りますか」「CDを出したことがありますか」「どうすれば落語家になれるんですか」「ずっと正座していて足がしびれませんか」「独身ですか、彼女いますか」「落語家の修行をするときはお金を払うんですか」などなど、職業に関係する質問から全く関係ない質問まで様々な質問が飛び出し、それに対して鯉之助さんが笑いを取りながら、時に学生につっこんだりしながら、おもしろおかしく回答してくれた。質問コーナーは約50分ほどあったのだが、時間の長さを感じさせないほどの楽しい雰囲気だった。
最後に鯉之助さんに「外国人の前で落語を演じることができて自分としてもとてもうれしい。熱心に聴いてくれてありがとう」という感想をいただき、独演会は終了した。



9.感想

 その後、いっしょに昼ごはんを食べたときに鯉之助さんが「外国人の前で落語を演じるという珍しい機会を得て、自分としても楽しかったし、おもしろい経験ができてよかったと思う」とおっしゃっていた。僕もまた長年の夢であった噺家さんを呼んで、噺をきくということが、自分の仕事場である日本語学校で授業の一環として実現できたことは非常にラッキーで、うれしいことだった。このように噺家さんも呼んだほうもお互いに満足できる会にできて本当によかったと思う。
 そしてそれとは別に個人的に瀧川鯉之助という噺家さんに出会えたことも僕にとっては大きな収穫だったと思う。その後二度高座を拝見したが、「鰻の幇間」を見たとき、幇間持ちのようなお調子者が出てくる噺がおもしろいと思った。
これを読んでいる落語好きな方、鯉之助さんはいいですよ。何がいいって、まずアジアに強いです。中国語とハングルが話せます。それからわかりやすい日本語で噺をすることができます。日本語学校で働いている人、または中国人、韓国人に関係ある仕事をしている人、ぜひ鯉之助さんを呼んでください。これを読んでいただいてわかったと思いますが、爆笑の渦を巻き起こすこと間違いなしです。









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