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天然居士の雑文館
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My Diary

1ページ目に最新〜過去7日分、2ページ目に過去8日〜60日分の日記が記載されます。



  ブラタモリ宇都宮・・・
Date: 2018-09-23 (Sun)
 今日は、知り合いがメンバーになっている、
 グローリア・アンサンブル&クワイアーと言う
 オーケストラと合唱団の演奏会に行って来ました。
 このグループは、毎年宗教音楽を中心にした演奏会をやっているようです。
 今回は、
 グノーの「聖チェチーリア荘厳ミサ」があり、
 次のヴェルディの「運命の力序曲」は演奏だけでした。
 再び、合唱も加わって、
 ヴェルディ「聖歌4編」から「スターバト・マーテル」「テ・デウム」
 同じくヴェルディの「アイーダの凱旋行進曲」でした。
 宗教音楽ですから、地味だと思ったのですが、会場はかなり入っていました。
 出演者の知り合いも多いのかも知れませんが。
 眠くならないか気になっていたのですが、何とか起きていられました。
 気になったのは、合唱団の構成です。
 女性が多くて男性が少く、男性は、女性の3分の1位のようで、
 音のバランスが取れていない感じでした。
 その分、女性の綺麗な歌声はよく聴けましたが。

 話が前後しますが、昨夜のブラタモリをご覧になった方もいらっしゃるかと思います。
 宇都宮が舞台でした。
 僕の知り合いも出て来て、驚いてしまいました。

 宇都宮は、奥州街道と日光街道の宿場町であると同時に、
 宇都宮城の城下町でもあります。
 明治維新後は、陸軍の第14師団の司令部が置かれていましたので、軍都でした。
 太平洋戦争中の空襲で、街のほとんどが焼失してしまったので、
 余り古い建物や街並みが残っていない街です。
 タモリさんも餃子きり思い浮かばなかったようでしたが^^

 最初に出て来た、二荒山神社は、我が家から直線距離で100mほどの所にあります。
 小さい頃からの遊び場でした。
 宇都宮城址公園も直線距離で1kmないと思います。
 今は綺麗に整備されましたが、
 僕の小さい頃は、昔の堀がそのまま残り、御本丸と呼んで、やはり遊び場でした。
 城址公園やその西側の住宅街は、今でも僕の散歩コースの一つです。

 宇都宮城は、江戸幕府の2代将軍秀忠の時に、
 城主の本多正純が
 釣り天井で秀忠を暗殺しようとしたとの嫌疑を掛けられ、失脚しましたが、
 釣り天井は史実ではありません。

 城の構造や城下町、特に城の西側の地区が、
 日光社参と関係しているとの話は初めて聞き、勉強になりました。
 日光社参は、江戸時代に将軍家が参拝する行事で、
 早い話が徳川家康の墓参りのようなものです。
 将軍あるいは大御所・大納言(将軍家の嫡子)による日光社参は
 合計19回実施されました。
 そのうち、10回は3代将軍の家光の時でした。
 家光は、家康を尊敬する気持ちが強く、墓も日光の輪王寺にあります。

 テレビで、行列の規模13万人との話が出ましたが、
 これは1728年(享保13年)の8代将軍吉宗の時の事です。
 正確には行列のこの時の日光社参の規模は、供奉者13万3千人、
 関八州から徴発された人足22万8千人、馬32万頭との資料があります。
 出発当日、先駆けが出発したのが午前0時、吉宗が出発したのが午前6時、
 最後尾が江戸城を出たのは、午前10時だった事です。
 街道沿いの庶民に対しては、家の中で謹慎し、商店も閉鎖するよう通達が出ています。
 家光の時は、これほどの規模ではなかったと思いますが、
 12代将軍家慶の天保の社参は、80万人の動員があったとの話です。

 カトリック松が峰教会は、1932年に竣工した大谷石造りの教会です。
 やはり空襲で罹災しましたが、建物は残りました。
 大谷石は火に強いですからね。
 空襲後、焼け野原の中に、この教会と近くの大銀杏だけが残った写真を見た事があります。
 宇都宮市内には、大谷石造りの蔵などが多く残っています。
 こうした蔵を再利用したカフェなども出て来ています。

 大谷石の採掘場後の地底湖は、僕も行った事がありません。
 ボートで地底湖を巡るツアーもあるようですが。

 ナツオトメと言う夏秋に採れるイチゴが出ていました。
 栃木県はイチゴ生産日本一ですが、
 県の試験場が開発した新品種で、2011年(平成23年)に品種登録しています。
 当初は、北部の山間地で栽培していましたが、
 今は、大谷の地下水を利用して、宇都宮でも栽培しているのですね。
 僕も初めて知りました。

 思いつくままに、少し番組を補足してみました。
 何かご質問などがあれば、ご遠慮なくどうぞ。
 僕が分からなければ、調べます^^



  大相撲秋場所・・・
Date: 2018-09-22 (Sat)
 大相撲秋場所も14日目になり、明日が千秋楽になります。
 明日は、午後予定があって、相撲を観られない可能性が高いので、
 今日は、午前中に弟夫婦と墓参りに行き、
 午後散歩をしてから、相撲を観ていました。

 幕下の取り組みから観ていました。
 ご存知の方も多いかと思いますが、
 幕下以下の力士は7日制で、
 同じ星の力士同士が対戦するような仕組みになっています。
 栃木県出身で、付き人への暴行問題で、しばらく休場していた貴公俊は、
 幕下21枚目まで戻って来て、今日は同じ4勝2敗の荒篤山と対戦し、
 良い相撲で勝って、5勝2敗で終わりました。
 早く十両に戻って欲しいと思います。

 その双子の弟の十両の貴源治、勝ったり負けたりが続いて、7勝7敗になり、
 明日、勝負の1番で勝ち越しか負け越しかを決める事になってしまいました。
 明日、観られないのが残念です。

 今場所は、3横綱や大関が揃っているので、
 明日の「これより3役」の6人は、全て横綱・大関となりますね。

 終盤までは、順調に来ていた横綱鶴竜でしたが、
 11日目に栃ノ心に吊り出されてから、調子を崩したのでしょうか、
 今日の稀勢の里戦も負けてしまい4連敗を喫してしまいました。
 場所前は、横綱の中で一番調子が良いと言われていましたが、
 心理的な要素も大きいのでしょうね。

 そのため、白鵬の独走になってしまい、今日豪栄道を下して優勝が決まりました。
 白鵬は、幕内通算1000勝を挙げました。
 この記録は、前人未到です。
 色々批判を受ける事の多い白鵬ですが、やはり偉大な横綱なのでしょうね。

 8場所休場していた稀勢の里ですが、
 昨日、あっけなく白鵬に負けてしまいました。
 しかし、今日の鶴竜戦に勝って10勝を挙げ、何とか面目を保ったような気がします。
 NHKが異常な位、稀勢の里を取り上げていましたが、
 来場所はどうなるのでしょう?

 一番応援していたのが、大関の栃ノ心です。
 先場所大関になったばかりなのに、怪我をして休場してしまい、
 今場所がカド番になってしまいました。
 3日目に貴景勝に負けてから、
 御嶽海、豪栄道、稀勢の里に負けて大丈夫かなと思っていましたが、
 鶴竜を吊り出して、少しホッとしていました。
 今日、阿炎に勝って、勝ち越しましたので、カド番を脱出出来て良かったと思います。

 2週間ほど、相撲で楽しめました。
 来週からは、どうしましょう^^


  漬物・・・
Date: 2018-09-21 (Fri)
 正直に言ってしまうと、僕は漬物が好きではありませんでした。
 若い頃は、ほとんど食べませんでした。
 少し食べるようになったのは、社会人になってからです。
 お茶請けなどで漬物を出される時があったり、
 食事をしていて漬物を食べないと、お前は日本人かと言う目で見られますので、
 それが癪な事もあり、仕方なく食べるようになりました。

 その内、例えばカツ丼などの丼物などを食べる時は、
 味が単調ですから、漬物があった方が良いかなと思うようになりました。
 今は、外食している時に出された物は何でも食べるようにしているので、
 外で食べる時に出た漬物は食べています。
 例の焼きそば屋さんでも、必ず付け合わせで何かの漬物が出ますので、
 キチンと食べています。

 しかし、自ら買ってまで食べる事はありません。
 まして、自分で漬ける事はないので、自宅ではほとんど食べません。
 食べるのは、他の方から頂いた時位です。

 一昨日の朝、近所の小母さんから茄子と胡瓜の糠漬けを頂きました。
 以前にも何度か頂いています。
 今回は、茄子と胡瓜で、切ってくれてあったので、数はよく分かりませんが、
 一人で食べるのには量が多いです。
 漬物を食べるようにはなりましたが、1食で3・4切れ位が適量です。
 頂いた時に、
 「4・5日で食べれば良いですかね?」と尋ねましたが、
 「茄子は色が変わってしまうから、なるべく早く食べて。」と言われました。

 そして同じく一昨日、前の職場の女性とランチしたのは、既に日記に書きました。
 その時、彼女のお母さんが漬けたと言う、胡瓜の古漬けを頂きました。
 「お一人だと、自家製の漬物は食べないでしょう。」と言われ、
 「そうそう、このような物が有難いのですよね。」と一応言いましたが、
 やはり量が結構ありました。
 塩抜きされていて、細かく切れている古漬けが、1パック位あります。

 折角頂いた物ですから、無駄にする訳にも行きません。
 そんな事から、一昨日から漬物漬けのような夕食になっています。
 早く食べるように言われた茄子の糠漬けは、昨日で食べ終わりました。
 今夜、胡瓜の糠漬けも終わりました。
 残りの古漬けは、4分の1位食べていますし、
 明日から糠漬けがないですから、多分3・4日で食べ切れると思います。

 糠漬けも古漬けも、それぞれ、ベテランの方が漬けていますから、
 当たり前かも知れませんが、本当に美味しいです。
 よく、漬物がないとご飯が食べられないと言う人がいます。
 そこまで行かないとは思いますが、ないと寂しくなるかも知れません。

 話は変わりますが、
 明日の午後7時半からのNHKの「ぶらタモリ」は宇都宮です。
 間違いなく、僕の家の近くが出ます。
 お時間のある方はご覧になって下さい。



  広重・・・
Date: 2018-09-20 (Thu)
 今日は那珂川町にある馬頭広重美術館に行って来ました。
 7月14日から「広重没後160年記念 大広重展 −肉筆浮世絵と錦絵の世界−」が
 開催されています。
 いつか行こうと思っている内に、日が経ってしまい、
 今月24日の会期末が近くなってしまいました。
 土曜日からの3連休は、予定がありますし、明日は天候が悪いようです。
 そんな事から、今日行って来ました。

 何度も行っているし、天気も良くないからと思いカメラを持って行きませんでしたが、
 美術館の裏山にも、途中の田圃沿いにも綺麗に彼岸花が咲いていました。
 田園風景の中のドライブも気分が良かったです。

 馬頭広重美術館は、2000年(平成12年)に開館した美術館で、
 1870年(明治2年)熟田村狭間田(現さくら市)に生まれ、
 戦前、大田原市の佐久山町で肥料商を営んでいた青木藤作のコレクションを、
 子孫の方が旧馬頭町に寄付したことから建設されたものです。
 設計は、今を時めくと言っても良い建築家の隈研吾さんです。
 この美術館と同じころ、隈さんは、
 作新学院大学、那須歴史探訪館、那須町の石の美術館を設計しています。
 何か縁があったのでしょうか?
 来月には、隈さんが講演に来られるとのチラシもありました。
 美術館の写真などは下記をご覧下さい。
 https://blogs.yahoo.co.jp/tennnennkozi/63617235.html

 さて、その展覧会ですが、
 広重の別のシリーズである「不二三十六景」、「富士三十六景」から何点か出ていましたし、
 有名な「東海道五十三次」には、「保永堂版」、「行書版」、「隷書版」があり、
 それぞれのシリーズから何点か出ていました。
 帰宅後、調べてみたら、
 ウィキペディアに3つのシリーズが宿場ごとに対比出来るように出ていました。
 面白いですから、宜しければご覧下さい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E9%81%93%E4%BA%94%E5%8D%81%E4%B8%89%E6%AC%A1_(%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5)

 木曽街道六十九次は、渓斎英泉との合作で、それぞれの作品が1点ずつ出ていましたが、
 二人の作風の違いが分かりました。

 江戸名所図会からも何点か出ていて、亀戸天神の境内は変わらないなぁとか、
 大伝馬町は江戸時代から繊維の町だったのかなどと、色々面白かったです。
 また、肉筆浮世絵も何点か出ていて良かったです。

 一番面白いと思ったのが、広重と北斎の関係です。
 「富士見百図」が出ていて、その前書きにあった北斎への批判が書いてありました。
 ネットで調べていたら、原文があったので、コピーしました。
 「(葛飾の卍翁)は、絵組のおもしろきを専らとし、不二は其あしらひにいたるもの多し。
  此図は、夫(それ)と異にして、
  予がまのあたりに眺望せしを其儘(まま)にうつし置(おき)たる草稿を清書せしのみ。」
 要するに、北斎の富士山は、構図の面白さに重きを置き、
 主役の富士山でさえ添えものにしていると、批判し、
 自分の絵は、実景を忠実に描写していると記しています。

 二人は、北斎が35歳年上ですが、同時代の絵師です。
 ライバル同士だったような感じもします。
 北斎の「神奈川沖浪裏」とよく似た「駿河薩夕之の海上」も出ていました。
 北斎が表現したかぎ爪のような波頭はそっくりですが、
 この2作品では、北斎の方が上だと思いました。
 最近、北斎の「尾州不二見原」を
 広重が模写した浮世絵がアメリカで発見されたとの事です。
 広重は北斎を尊敬していた面もあるのかも知れません。
 ともかく、色々面白い美術展でした。

 美術館から、少し離れた場所の蕎麦屋「ゆりがねのやな」に行きました。
 地元の農家の小母さん達が営業している蕎麦屋で、何度か行っています。
 「やな」と名前がついていますし、川のそばにありますが、
 鮎はないそうで、その旨店先に張り紙がありました。
 蕎麦を待っていると4・5人の高齢者のグループが来ました。
 座敷に上がって、奥に座るか手前に座るか、女性が訊いたら、
 一番の高齢らしい小父さんが、歩くのが大変だから手前が良いと言っていました。
 その会話を聞いていた、給仕担当の小母さんが、
 「わたしも遠くまで運ばなくて済むから、手前が良い。」と大声で独り言を言いました。
 それを聞いて、僕も噴出してしまいました^^



  バスケットのチケット・・・
Date: 2018-09-19 (Wed)
 先日、昔一緒の職場だった女性から電話がありました。
 11月に宇都宮で行われる
 バスケットボールのブレックスの試合の指定席券が2枚あるのだけれど、
 都合が出来て行けないので、良かったら譲るとの話でした。
 僕の予定は何もない日でした。
 それで二つ返事で、譲ってもらう事にしました。

 以前、やはりネットのお友達からチケットを譲ってもらった事があります。
 観に行きたければ、自分で手配すれば良いのですが、
 ネットなどで買うのが、何となく面倒臭い感じがして手が出ません。
 息子と行く時は、彼に手配してもらっています。

 その時は、長男にでも話せば来るだろうと思い、2枚頂く事にしましたが、
 後で、考えてみたら、彼は先月入籍しています。
 彼に話すと嫁さんも来てしまうかも知れません。
 二人が付き合っていた時に、2・3度3人で観に行った事がありますので、
 彼女も嫌いではなさそうです。
 その時はどうするか、これから考える事にします。

 席は、1階のゴールの裏辺りです。
 前に、2・3回長男と観に行った場所ですが、
 その時は自由席で、3,000円程度だったと思います。
 しかし、今シーズンは1階が全て指定席になっているようで、
 しかも金額は前売りで4,500円です。
 前半と後半でチームが入れ替わりますが、
 攻撃と防御のゴール下の迫力あるプレーが観られる席です。

 今日、そのチケットを受け取るために、
 お昼に職場から出て来てもらって、一緒にランチしました。
 彼女は中学・高校とバスケットをやっていて、
 ご主人も娘さん2人もバスケットをやっていたとの事でした。
 ブレックスのチケットも、かなり値上がりしましたが、
 それがほとんど売り切れてしまうそうです。
 それだけ人気があるのでしょうが、
 人気があるのも善し悪しなのかも知れません。
 しかし、チームの経営状況が悪くなると、
 試合を観られなくなってしまいますので、仕方ないですね。

 彼女とは、試合会場で1度行き会った事があります。
 僕がバスケット好きである事を承知していたので、電話をくれたそうです。
 以前、街中で行き会った時に、バスケットの話を出来る人が周囲にいないので、
 寂しいと言っていたのを思い出しました。

 しばらく彼女と、バスケットや最近の職場の話をして別れました。
 楽しい昼食になりました^^



  縁日・・・
Date: 2018-09-18 (Tue)
 今日は、お昼に馴染の焼きそば屋さんに行って来ました。
 先日書きましたが、今月5日から50円値上げした店です。
 先週は、出掛けていた事もあり行きませんでしたが、
 値上げを知らずに来る客もいて、今のところあまり客足の変化はなく、
 お客の声は、仕方ないとの声が多いのでホッとしているとの事でした。

 他にお客がいないので世間話をしていましたが、
 今日は観音様の日だから、朝お参りに行って来たとの話が出ました。
 毎月18日の朝は、大谷の観音様にお参りに行っているとの事です。
 他には、24日にお地蔵様にもお参りしているそうです。

 そのような日があるのかと、帰ってから調べてみました。
 そして、観音様ならば18日、お地蔵様ならば24日を縁日と呼ぶのだと分かりました。
 縁日は、時々使う言葉ですし、
 縁日と言うと、露店などが出て賑やかな日が思い浮かびますが、
 諸仏ごとに定められた日の事で、
 この日に参詣すると普段以上の御利益があると信じられているのを初めて知り、
 些か自分の不明を恥じています。

 では、それぞれの日を誰が定めたのかが気になり、調べてみました。
 中国五代の頃ですから、10世紀前半、
 五祖山の師戒禅師が毎日数多くの諸尊を勧請し礼拝していたことに始まるとの事です。
 師戒禅師は毎日の煩雑さから、
 諸尊を一月三十日に振り分けることを思いつき、
 振り分けた日に諸尊を礼拝するようになったとの事で、
 三十日秘仏と呼ぶようです。
 中世になってこれが禅僧を通じて日本に伝わり、
 禅宗の信者の間で広まり、これが縁日として定着したようです。
 鎌倉時代から中世にかけて、三十番神と言う神仏混交の信仰があり、
 これがあったため、縁日も受け入れやすかったようです。
 因みに、三十番神とは、毎日交替で国家や国民などを守護するとされた
 30柱の神々のことで、
 1日は熱田大明神、2日は諏訪大明神と言うように決まっています。
 焼きそば屋の小母さんとの世間話から、新しい知識を得る事が出来ました^^

 18日は、同居人の月命日です。
 観音様の日に旅立ったのかと、感慨を新たにしました。
 しかし、墓参りはお彼岸に行きますので、
 今日は、仏壇に新しい花を供える事で勘弁してもらう事にしました。



  樹木希林さん・・・
Date: 2018-09-17 (Mon)
 昨夜、樹木希林さんが亡くなったとのニュース速報に驚きました。
 全身癌に侵されているとの話は聞いていましたが、
 その後も、あん(劇場で観ました。)、海街diary(テレビで観ました。)、
 モリのいる場所(見逃しました。)、万引き家族(観ていません。)などに出演し、
 癌を克服されたのかと思っていたのに、残念です。

 僕が樹木さんを知ったのは、悠木千帆の時代のドラマ「時間ですよ」でした。
 普通ドラマを観ないのですが、上半身裸の女性が出るとの話から、観始めたものです。
 学生時代、僕はテレビを持っていませんでしたが、
 先輩が持っていて、「時間ですよ」が始まると教えてくれました。
 胸を露わにした女性が出るドラマをゴールデンタイムに放送していたのですから、
 今は昔の物語ですね。

 そこに出ていた悠木さんは、独特な雰囲気の女優さんだと思いました。
 不条理を演じているような感じでしたが、
 その後の活動も不条理と言う感じがしました。
 悠木千帆さんの名前を売ったり、郷ひろみさんとデュエットしたり、
 毎年の正月の富士フイルムのCMも色々楽しませてくれました。
 従来の女優とは異なるエキセントリックな活動だと思っていました。
 美人ではないのが、コメディやシリアスな役などの、芸域を広く出来たのでしょうね。
 実年齢よりはるかに上の老け役が多かったようにも感じています。
 最近の映画の方が、女優らしいような気がしていました。

 ロックンロールの内田裕也さんと結婚したのも驚きでした。
 私生活でもエキセントリックだったような気がします。

 今日は敬老の日で、70歳以上が総人口の20%を超えたと総務省が発表していますが、
 享年75歳は、余りにも若過ぎたような気がしています。


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