神風特攻隊 〜60数年前に祖父が託したこと〜
祖父が特攻隊であり後世の私達に何を伝え何を託したかったかを探求するために。
あなたは神風特別攻撃隊を知っていますか? 祖父達は後世の私達に何を伝え何を託したのだろう? 




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   アジアで唯一、一カ国だけ欧米列強と戦った国、日本。 戦争を知らない世代と正しい歴史認識を共有し、その後の世代へ語り継ぐ。 



撃墜され海底に沈む 零戦 サイパン島 (しゃべり場にて ご紹介) 

 動画で見る誇り高き日本民族 

60年数年前、日本は終戦を迎えました。しかし、戦争の総括は本当にされたのでしょか? 東京裁判で戦勝国が敗戦国を一方的に裁き本当にあの戦争の真実は語り継がれているでしょうか? 連合国による民間人への無差別爆撃・東京大空襲でどれだけの人々が亡くなり幼い子ども達が孤児となったか、広島・長崎へ原子爆弾を投下した責任は何処に行ったのか? そんな中、必死に国を思い愛する家族を守るために死んでいった神風特別攻撃隊が存在した。

          

1945年、沖縄戦に参加した 特攻隊員、平均年齢17歳。



神風特別攻撃隊員 遺言

海軍少尉 林市造 (大正10年生まれ 昭和20年4月12日 沖縄方面にて戦死 24歳)

母への便り

その後元気の事と思ひます。

私達の名前は神風七生隊です。本日その半ばが沖縄沖の決戦に敵船団に突入しました。私達の出撃も二、三日中に決まっています。(中略)

お母さん、私が死んでも淋しがらないで下さい。名誉の戦死、それも皇国の興廃をかけた戦いに出て征くのですから有難いです。

飛行機で九州に入ってから博多の上は通りませんでしたが、腹一杯歌を唱ってなごりを惜しみましたよ。もう余り思いのこすことはありません。(中略)

出撃の服装は飛行帽に日の丸の鉢巻をしめて、純白のマフラーをして、義士の討入りのようです。

お母さんの千人針は右に万人は左に、たおるとも・・・の書いてある国旗も身につけてゆきます。

お母さん達の写真をしっかりと胸にはさんで征こうと思っています。(中略)お母さんが見て居られるに違いない。祈って居られるに違いないのですから、安心して突入しますよ。

お別れには、いなりずしと羊かんがつきますよ。弁当をもって征くのもなかなかよいですね。立石さんからもらったかつおぶしもお守りと一緒に持ってゆきましょう。お母さんのとこにゆくのに一寸海の中をほってゆかねばならないのですから。(中略)

何だか夢のようです。明日はいないのですからね。(中略)

お母さん、ぐちをもうこぼしませんから、お母さんも私についてこぼさないで下さいね。泣かれたとてかまいませんが、泣いて下さいね。やっぱりあんまりかなしまないで下さい。

私はよく人に可愛がられましたね。私のどこがよかったのでしょうか。こんな私でも少しはとり得があったんだなぁと安心します。ぐうたらのまま死ぬのは、やはり一寸つらいですからね。(中略)

私は甘やかされましたね。今から考えると勿体ないです。境遇のよかったことは私の誇りです。この誇りを最後まで保持しようと思います。私から境遇を引いたら零です。随分ぐうたらですが、一人前で人の前に出られたのが有難いです。なにか変な話になりましたが、今日は一寸ねむいです。又時間があったら書き加えましょう。

もう余りなごり惜しまなくてもよいですね。ここらでお別れ致しましょう。なごりはつきませんね。お別れ致しましょう。市造は一足先に天国に参ります。天国に入れてもらえますかしら、お母さん祈って下さい。お母さんが来られるところへ行かなくてはたまらないですから。

お母さん さようなら


        

 大西瀧治郎中将の遺言です

特攻隊の英霊に日す 善く戦ひたり深謝す 最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり然れ共其の信念は遂に達成し得ざるに到れり 吾死を以て旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす。

次に一般青少年に告ぐ 我が死にして軽挙は利敵行為なるを思ひ 聖旨に副ひ奉り自重忍苦するの誡ともならば幸なり 隠忍するとも日本人たるの矜持を失ふ勿れ 諸子は国の宝なり 平時に処し猶克く特攻精神を堅持し日本民族の福祉と世界人類の為 最善を尽くせよ。


   

突入の瞬間                     撃墜の瞬間

63年前に終戦を迎え東南アジア諸国はいっきに独立、植民地解放への道を進んでゆきます、その過程において各国の政治指導者や有識者から日本への史観の言葉が数多くあります。その一部をご紹介させていただきます。 

 アメリカ合衆国 歴史教科書(1998年版)

トルーマンの原爆投下命令は果たして正当化できるのか。大変な過失ではないのか。トルーマンは日本が無条件降伏を拒絶したためと説明している。これによって米軍兵士の損失を防いだ。さらに真珠湾攻撃への代償を日本は何十倍にして返さなくてはならなかったと述べた。しかしこれに対し、歴史家の一部は疑問を呈している。米国は暗号を解読しており、日本がモスクワ経由で降伏条件を打診していることを知っていた。さらにスターリンはドイツ降伏から三カ月以内、つまり八月初旬には日本に参戦すると話していた。ならば原爆投下や本土決戦なしに勝利は可能だったのではないか。そう歴史家は論じている。

ハーバート・フーバー(元米国大統領、ルーズベルトの前任者)

もし我々が日本人を挑発しなかったら、日本人から攻撃を受ける事は決して無かったであろう。

朴鉄柱(韓国・韓日文化研究所)

ソウルから日本を眺めていると、日本が”心”という字に見える。北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくしてみることはできない。

まだまだ、沢山ありますがこの辺で・・・

小学生・中学生・高校生の基礎知識(ブログ)で紹介しています。http://blog.livedoor.jp/kamikaze1941/

もっともっと日本人として誇りと自信を持って生きようと感じます。







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