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私の故郷・散策日記



夕日に映えた群馬県庁
前橋駅から欅並木沿いに歩いて銀行街を通り抜けて約20分程で県庁に着きます・・・

1月9日の初市で歩行者天国になって達磨の市で賑わったところです・・・
この写真は・・・県庁の対岸から撮りました・・・夕日に映えた県庁は金色に輝いていました・・・

このあたりは春には桜が咲き・・・私達の憩いの場所となっています・

平成11年に地上33階建て、高さ150Mで県内一の高層ビルとして新しい県庁舎が完成しました・・・

古い庁舎は県民が利用できる文化施設として生まれ変わりました・・・32階から眺める大パノラマは・・・,

県政を司るにふさわしい眺めです・・・

2004年1月10日・・夕日です・・(我が家の近くから)










ルネサンス様式の旧県庁玄関
1928(昭和3年)に落成したこの庁舎は日本を代表する近代建築で・・・鉄筋コンクリート造り三階建て・・・一階の外壁は石張りです・・・二階以上はレンガ色のタイル張りです・・・左右対称の構成と玄関部のベランダや半円アーチの車寄せはルネサンス様式を取り入れてあって評価の高い物だそうです・・・1996年(平成8年)に国の登録文化財第1号に指定されました・・・図書館で調べました・・・
群馬会館・有形文化財1930年(昭和5年)11月29日昭和天皇の即位の大典を記念して、県内初の公会堂として建築された有形文化財です・・・昭和3年に完成した県庁舎と共に設計されて地下1階地上4階・鉄筋コンクリート造り・重厚ルネサンス様式です・・・
しかし建物も時代と共に老朽化が進んで時代遅れとなって・・・一時は取り壊しの案も出ましたが・・?1983年(昭和58年)あかぎ国体を契機に約一年掛けて外観はそのままで内部を大改修され、今のニーズに合った建物に生まれ変わりました・・・
今でも小さなイベントはここが使われています・・・昭和40年代半ばまでは娯楽の中心で・・・イベントのある日は人であふれて・・・県民の憩いの場だったそうです・・
臨江閣・県指定重要文化財
前橋市大手町にある臨江閣本館は1884年(明治17年)県の迎賓館として建てられたそうです・・・
木造二階建てで数奇屋風近代和風です・・・
本館の隣にある別館の柱には安中市旧中仙道杉並木の樹齢200年という老杉が30本も使われているそうです・・戦後は市役所庁舎・公民館・現代ではお茶席に使われて・・・二階は180畳の大広間があって百人一首や上毛カルタの県大会を長年に渡って使われています・・・昭和61年3月7日・・県指定重要文化財と記されていました・・・
厩橋城と切っても切り離せない風呂川は臨江閣の北の土手の上に流れていて・・・この川に落ちたら助からないと言われていました・・・
風呂川・別名「人とり川」今でもここに来ると母の声が聞こえます・・「風呂川の近くで遊んではいけません・・・落ちたら上がれないよ・・・」抱えきれないような松の幹・・昔は満々と水が流れて子供心にこわかった覚えがあります・・・
臨江閣の門を出て左に曲がって緩やかな坂を上りきったところに西から東に流れている川が風呂川です・・・其処から松並木に沿って左に少し行く・・・伝説によると・・・16世紀(戦国時代)上杉謙信が厩橋城に入城の際入浴に使うために掘削したと書かれてありました・・・この位置が柳原の土堤で砂質のため厚さ90センチの粘土で樋状の水路にしたと伝えられ・・・粘土のため流れも速く・・・滑るため落ちたら上がることが出来ないので・・・別名「人取り川」といわれたそうです・
この写真の右をヘンス越に眺める景色は・・私では戦国時代まではさかのぼれませんが・・・ここが私のふるさとです・・・




前橋市中央児童遊園地


るなぱあくは、群馬県前橋市にある遊園地。前身は「前橋市中央児童遊園地」で、1954年(昭和29年)に開園した。2004年(平成16年)4月、市民公募によって「前橋るなぱあく」の愛称が付けられた。正式名称は前橋市中央児童遊園である。


コンセプトは「にっぽんいちなつかしいゆうえんち」。

何で周りじゅう崖のくぼ地なんですか。?
そうですよね、変な地形ですよね。
それは、江戸時代の前橋城のお城のお堀の跡だからです。
今の県庁の西側にお城の本丸があったのです。
北の崖の上には江戸時代につくられた「風呂川」という用水が流れています。
遊園地より高いとこに川底がありますけれど水は漏れてきません。
真綿(絹のわた)と漆喰(しっくい)で水が漏れないようにつくられています。
城下で使った水を運ぶ用水だったので、「風呂川」なんて名前が付いています.

ちょっと登って江戸時代のすごい技術をのぞいてみてください。、

ラジオ塔の上の土手に風呂川が流れています・・・
私はこの辺りで毎日遊んで育ちました・・・










前橋中央遊園地(るなぱあく)のラジオ塔
臨江閣の門の前に・・・前橋中央児童遊園地があります、遊園地の真ん中で一段高いところにラジオ塔が有りました・・・夏休みのラジオ体操の時間に毎朝眠い目をこすりながら集まりました・・・はがき大の紙に日にちが書いてあって・・・印をつけて貰うのが楽しみでした・・・紙に穴を開けて紐を通して首から提げて・・・ラジオ塔は未だに矍鑠とした姿でたっていました・・・
「このラジオ塔は昭和8年にNHK前橋放送局が開局したことを記念して・・・NHKと東京電力が群馬県の皆さんにラジオに親しんでいただこうと造ったものです・・・」と消えちゃいそうな字で書かれていました・・・
70年以上の年月を経て今なお・・・語り続けていました・・・
利根川・県庁32階より写す
「坂東太郎の名において・・みなもと遠き利根の水・・・」
高校野球で頑張っている前橋工業高校の校歌です・・・利根川は古くから坂東太郎と呼ばれて・・・坂東は関東で最も大きい川で・・・太郎は長男を意味すると伝えられています・・・
関東を潤す母なる大河・・利根川です
流域面積で日本最大川の長さは322KM・・・信濃川に次ぐ日本で二番目に長い川だそうです・・・新潟県と群馬県の県境が源流で・・・大小800にものぼる支川を合わせながら関東平野一都5県をまたがり・・・
生命の水を与えて続けて・・・千葉県の銚子市で太平洋へと注いでいます・・・
グリンドーム
今日は暖かく洗濯干し場の温度計が17度を指していました・・・午前中・・・ジャニーのシャンプー・カットをして朝から5000円も働きましたね・・・お洗濯を山盛りして午後から・・・県庁の北にある前橋公園に行ってきました・・・この辺りは昔を知っている私の故郷です・・・この厖大な敷地は利根川の河原でした・・・土筆・・アカザ・・もち草・・ススキ・・たんポポ・・一面石がごろごろしていました・・・柳原の土手から河原に駆け下りるとそこには・・・湧き水が出ていて・・・私達は裸足になって遊びました・・・昔の話はこのへんで・・・昭和何年ごろの話かな・・・?今日はこのあたりの変貌をカメラに納めて来ました・・・
「利根川ふるさと」公園
左上・・グリーンドームは1990年(平成2年)に日本で初めて世界選手権自転車競技大会が開催された多目的スタジアムです・・・
上毛三山を一望にして・・・はるか彼方に上越県境の雪山を望むたたずまいです・・・右鶴舞う形の群馬県をかたどった「幸の池」は昭和34年皇太子殿下のご成婚記念につくられました・・・この度は工事中で見ることが出来ませんでした・・・
この写真は「幸の池」の西に「利根川ふるさと」事業の一環として平成10年に出来上がった公園です













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「水と緑と詩のまち」敷島浄水場
前橋の水を象徴するシンボルとして親しまれている敷島浄水場です・・・市内で最古です・・給水開始は1929年(昭和4年)今から75年も前に資金調達のため債権発行したと聞きました・・・敷地約800万平方メートル場内には約40種のツツジが咲き競って県内でも館林のツツジに次ぐ有名なツツジの名所となっていて・・・・5月の連休には市民に開放しています・・・
ここから見える配水塔は直径10メートル・・・高さ17メートルで避雷針をあわせると37メートル・・・タンクの表面は・・・銅板で今では緑青が吹いています・・・鉄筋コンクリート造りの洋館は七十余年たった今もその斬新さは失われていません・・・二つのシンボルは1996年(平成8年)国の有形文化財に登録されています・・・この写真は去年の5月5日に撮った物です・・・私達はこの水で育ちました・・・・
「水と緑と詩のまち」広瀬川
前橋の街の中心を流れる広瀬川は時代が変わっても・・いつも私達の足元をとうとうと流れています・・・春爛漫四月の頃は柳の新緑が川面を遊び・・・桜の花が色を添えて・・・この写真は去年の4月はじめに撮った物です・・・文学館の前から比刀根橋を望む景色です・・・
国道17号の坂東簗の付近から姿を出した広瀬川は・・・田口発電所をはじめ6つの日本最大の低落差発電地帯をとうり・・・用水路としての役目をすんで・・この街の遊歩道の緑に囲まれて流れています・・・
昭和42年に発電開始した低落差発電所が出来上がるまでのご苦労が書いてある「群馬県企業局の歴史」を読んで見ました・・・
ゆったりと流れる広瀬川は私のふるさとです・・・
萩原朔太郎・文学館
前橋の中心に流れる広瀬川・・・萩原朔太郎がこよなく愛した広瀬川の畔に前橋文学館が建てられています・・・川の流れは美しく歩道に立ち並ぶ木々は文学館にいっそうの美しさを添えてくれます・・・特に春は桜の花・・柳の新緑が美しく行きかう人人を楽しませてくれます・・「水と緑と詩のまち」にふさわしい景色です・・・日暮れ頃から広瀬川の両側にイルミネーションがひかりはじめます・・・
文学館は前橋市市制施行100周年を記念して本市出身ゆかりの詩人たちの資料が
約12000点収蔵されていて斬新なスタイル・・大正ロマンと雷と空っ風と・・・キラ星のように詩人を輩出した前橋の不思議です・・・館内にはギャラリーやホールもあって企画展やコンサートも行われます・・・
今日の寒さは肌を刺すようでした・・・
龍海院
遠くに見える今日の赤城山は雪景色でした・・・前橋の歴史に深い結びつきがあります龍海院に行って来ました・・・県庁から東南に5分ぐらいに位置しています・・・前橋駅から歩いても12.3分位です・・・春になると参道の古木に咲く桜の花が見事で有名です・・・龍海院は前橋藩主酒井氏の菩提寺で・・・歴代藩主15基のお墓は前橋市の史跡に指定されているそうです・・・(昭和39年)酒井氏は慶長6年(1601年)厩橋城藩主となって以来9代・・150年間にわたって前橋の地を治めました・・・酒井氏が姫路に去った後も龍海院はこの地にあったと聞きました・・・山門に向かって右にある鐘楼は老朽がひどく・・・昔のとうりに建て直したそうです・・・それ以来大晦日の除夜の鐘はこの鐘楼で鳴らしています・・・









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光厳寺の楼門・(竜宮門)
一走り・・・前橋では5本の指に数えられる巨刹・・・光厳寺に行ってきました・・・桜の花の開花も後一息と言う今日は・・・あたりは静まりかえっていました・・・
光厳寺は総社藩主秋元氏の菩提寺です・・・
総社の街を南北に通る道は佐渡奉行街道と呼ばれる街道で・・・昔、総社宿があってその道に面して棟門があります・・・棟門を入って200m程参道を進むと楼門です・・・
この楼門はなんとも異様で間口3間奥行き1間で通し柱が2階まであって欄干なし・・・
この門を竜宮門と呼ぶ人も居るそうです・・・(江戸時代初期の建物と推定)
近くに総社資料館があってこの界隈を案内して下さるそうです・・・
厄除け青柳大師さま 2005.3.
1月3日は大師様の縁日で2日の夜半から大勢の参拝客が参道を埋め尽くします・・・この日はお大師様の命日で初詣と重なって・・・其れは其れは大変な賑わいです・・・そして決まって強い風が吹き荒れるので有名です・・・
16世紀ごろ・・・厩橋城の鬼門の守り神として建てられたと門前の立て札に書いてありました・・・青柳山龍蔵寺・・・厄除けのお寺で有名です・・・
昔浅間山の大爆発の時高僧が現れて・・・利根川の堤防工事の災害を未然に防いだ・・・
不思議に思った人々が大師様の厨子の扉を開くと東向きの尊像が西を向いていたと言う・・・まか不思議な話が在ったそうな・・・広い境内に「ぼけぼうし」のお地蔵さんも有って赤い旗が印象的でした・・・・・
裾野はながし赤城山
1月28日に写した赤城山です・・・県都前橋の街を抱くように北にそびえています・・・標高1828m・・
雄大で奥行きの深さ、裾野の伸びやかさ・・四季折々の表情の豊かさは・・・そしてこの美しさは人人に愛されて親しまれています・・・
春の新緑・・夏は新坂平一面を覆うレンゲツツジ・・ゆったりと草を食う牛の群れ・・
緑に映える白樺林・・・満々と水をたたえる大沼・・木道を行く覚満淵の水芭蕉、モウセンゴケ、ニッコウキスゲの花が咲く・高山植物の宝庫です・・高原の爽やかな空気・・燃えるような紅葉・・冬スキー・・ワカサギ釣り・・・
もう一つの小沼は周囲が1km程で手付かずの自然が残って「おとぎの森」と呼ばれています・・・私の家から大沼まで約一時間位です・・・


蚕糸記念館
薔薇園の奥(孔雀の鳥小屋の奥)蚕糸記念館が松林の中にひっそりと建っています・・・明治45年に建てられた物を国から払い下げを受けて移築し保存したそうです・・・
前橋は江戸時代に養蚕が盛んでした・・・
その後松平氏が藩主になってから・・利根川の大洪水・・藩主不在・・廃城の時代が暫く続きましたが・・・
江戸時代の後期には横浜港の開港で品質の良い前橋の生糸が注目を浴び・・・一気に活気づきました・・・
生糸で財を成した糸商人が前橋の発展の基礎を作ったと書いてありました・・・

旧前橋藩の家臣 速水堅曹・・(1839〜1913)・・・本県製糸界の先駆者で機械製糸の創始者・・
明治元年に横浜に行き生糸の貿易の調査をして・・翌2年に横浜本町2丁目に前橋藩の生糸売込問屋「敷島屋」開業したそうです・・・明治25年に広瀬川の水を水車の動力源にして製糸機械を備て前橋製糸所を設立したそうです・・・その当時から広瀬川の水が使われてきました・・・












総社明神様の神楽殿
正しくは「上野総社神社」と書いてありました・・・広い境内にひときわ美しいお神楽殿が目をひきました・・・随分と古い物と聞きましたが、最近になって土台を直して朱色を塗り替えたそうです・・・静かな境内を歩いている内に是非お神楽の舞を見られるチャンスがあったら嬉しいと思い立って・・・社務所のお祖母さんに訪ねました・・・「3月15日に舞いますから・・・どうぞ見に来てくださいね」と言うお返事でした・・・当社最大の祭典だそうです・・・楽しみです・・・

上野国内の神社14郡に祀られえいる549社が祀られていて・・・この神社を参拝することで549社を参拝したことになると書いてありました・・・社号を総社明神と言われるようになりました・・
桃山時代の特徴を残している本殿は・・群馬県指定文化財だそうです・・
産泰神社・神楽殿
産泰神社は古くからお産と子育ての神様で有名で・・・実は私もお世話になりました・・・当時は参道の神社に
向かって左に底の抜けた柄杓が売っているお店が有りました・・・その柄杓を神様に奉納して安産を祈願しまし
た・・・神社の本殿の裏に岩窟の体内くぐりがあったと覚えています・・・「体内くぐりは・・・何処に有りま
すか・・・?」と宮司さんに尋ねました・・・「成人の方には危険ですから無理です・・・」私はくぐる気はな
いですが・・・はっきりと断られました・・・??
産泰神社には古くから太太神楽が伝えられています・・・毎年4月17日〜18日に奉納されると聞きました・・
・このあたりの桜が満開のころです・・・?また一つ楽しみが増えました・・・
神楽奉納額に明和元年(1764年)舞は出雲神楽の系統で能に近い舞だそうです・・・
近郷近在の神楽に多大な影響を与えたと聞きました・・・昭和48年(1973年)前橋市指定重要無形文化財に
定められたそうです・・・
お陰さまで今日はお礼参りが出来ました・・・2005.2.27・・・・
総社明神様の太々神楽
明日・・三月十五日は上野国総社神社のお祭りです・・・「太々神楽」(だいだいかぐら)を舞うそうです
・・・さっき神社にお電話をして詳しくお聞きしました・・・上野国内総社549社の祭神を纏めて・・・お神楽を奉納します・・・桃山時代に創建されたと推定され古文書によると昔は38座も舞ったそうですが・・・現在は16座を舞うそうです・・・私の家から車で10分ぐらいのところにありますので・・・是非見せて頂きたい
と・・・今夜は・・・少し勉強しました・・・昭和48年(1973年)前橋市指定重要無形文化財に指定された
そうです・・・お神楽は12時頃から始まり・・・代々氏子が舞うそうです・・・明日は早お昼をいただいて
行って来ます・・
太々神楽の裏舞台 3月15日
神殿で11時から神事が行われて氏子たちの緊張が伝わってきます・・・「ピーヒョロ・・ピーヒョロ」と澄んだ境
内の景色に響き・・・「テンテコ・・テンテコ・・テンテン・・」御神木に快い風が・・・今日はfumiさんを誘いま
した・・・笛や太鼓に誘われて近郷近在から大勢の見物人が集まって・・・参道の提灯の下には昔ながらの古物商
や古着屋さんが処狭しと商品を並べて・・・会話が弾んでいます・・・神楽舞は足の踏み方で土地の邪気を祓い・・
正しい気を迎えて幸福を開くためで・・・時代と共に能・歌舞伎・神楽に取り入れられたようです・・神楽の場合
は天照大御神をお迎えする前に大地を清める舞だそうです・・・狭い舞台裏では汗だくで出番を待って・・・なれ
ない身支度でおおわらわでした・・・お面を取るとみんなおじいさんです・・・この世界も・・・「後継者がいな
いから」・・・なんて声が聞こえます・・・でも舞台に出ると舞と動作を面白可笑しくして人々を楽しませる愛嬌
舞もありました・・古い時代を垣間見て来ました・・・



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